コルシカとフランスの結びつき 3

コルシカでは1768年以来、フランス語が公用語とされていますが、日常の話はコルシカ語ともいうべき独特の言葉です。

古代ローマ語が11世紀まで残っていた島でもあり、ラテン語、そしてイタリア語に若干のフランス語が混じったもの。

カフェなどでコルシカ人同士の会話を聞くのは島滞在中の楽しみの1つでした。

ナポレオン博物館に陳列されている教会発行のナポレオンの洗礼証明書はジェノバ語(イタリア語のジェノバ方言)で書かれています。

当時は出生証明書などはなく、そうした法的整備をおこなったのが、その名を冠した法典で知られるナポレオンでした。

ナポレオンは青年時代「フランス語は敵国語」とみなし、バカにしきっていたためにフランス語が下手で、劣等感をいだいていました。

士官学校時代にも、数学や地理は優等だったのに国語(仏語)では劣等生でした。

ナポレオンの3人目の妻はポーランド人のマリ・ワレベスカでしたが、彼女の「美しさ、下手なフランス語、かわいい声にすっかり魅せられた」とナポレオンは述懐しています。

彼女はナポレオンの仏語コンプレックスをカバーする存在だったのです。

今日のコルシカ人にも、フランス語が下手な人びとが少なからずいることがわかったことも興味あることでした。

現在、この島ではコルシカ語の普及とコルシカ民族文化の擁護が大きな課題となり、議会でも検討されています。

この島はまだ文字や楽譜に映されていない詩歌や民謡の宝庫といわれています。

数世紀の間、羊飼いや漁民に歌いつがれてきたバラード、フォルクロールなども、また独立戦争時代の歌も数多くあるといわれています。

フランス文化への同化ではなく、民族文化の発掘、保存が島をあげての重要問題となっています。

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