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フランスの食事

フランスでは「ワインと料理を結婚させる」といわれます。

その組み合わせは永遠のテーマといったところでしょうか。

おいしいワインの産地の料理はおいしいというのは、私の経験からも真実です。

フランス人の家での通常の食事は質素ですが、レストランできちんと食事しようというと、まずアペリティフ(食前酒)から始まります。

次に前菜、主菜、これらにあわせてワイン、サラダ、チーズ、デザート、そして、コニャックなどのディジェスティフ(食後酒)で仕上がりです。

このフルコースをすますと2~3時間はかかります。

私自身、昼食会に招かれ、正午の食前酒から始まり、午後5時近くまでテーブルに座っていたことがあります。

これは、1回の食事時間の私の最長記録。

フランスでは食後にチーズを赤ワインとともに食べます。

このとき不可欠なのがパン。

チーズ片をパンにのせ、ワインで流しこんだときに口にひろがる香りとコク、これは最高です。

実にさまざまな種類のチーズがあります。

ドゴール将軍(元大統領)が「400種類のチーズがある国を統治するなんて至難の業だ」といったのは有名な話です。

酔っ払うなんて最低!

フランス料理で思いおこされるのは、エスカルゴとか生ガキといったところでしょうか。

エスカルゴはフランス人が外国から"力タツムリ野郎"と悪口をいわれるほど、年間4万トンが胃袋に消える消費大国。

ゆでたカタツムリをバター、ニンニク、パセリ、香料で味つけした、この料理のおいしいこと。

フランス人は国中のカタツムリを食べつくし、今や世界中に求めています。

ハンガリーやアルジェリア、さらにはトルコ、中国からも輸入し、消費量は増えるばかり。

外国ではほとんど食べないので独占できるのかもしれません。

この点は日本のウナギと似ているかもしれませんね。

生ガキは9月から3月までがシーズン。

フランス語の月の名のつづりにRがつく期間です。

レモン汁やすっぱいソースをかけて食べます。

日本のカキフライなんていう料理法は思いもよらない生1本です。

さて、フランスで社交とか、つきあいでもっとも大切なのは食事に招き、招かれるということでしょう。

日本人が考える以上に、フランス人にとってはともに食事をすることは重要です。

日本で贈り物をしたりするような時も、食事で結構。

私の友人とは家族もふくめて、血より濃い縁、つまり食事でつながっているということになります。

パリに滞在中に習得し確信した私の哲学は、「すべてはテーブルから始まる」という真理です。

友人たちはよく飲みますが、酔ったのを見たことがありません。

瓶を片手に路上にねている乞食以外に酔っぱらいに出会ったことは皆無です。

酔っぱらうことは社会人として最低な行為であり、人間失格を意味しているのです。

いつも酒のうえにあるフランス人には「酒のうえでのこと」など、日本式の話は通用しません。

これは国民の2割がアル中といわれる、この国のパラドックス(逆説)の現実です。

コルシカとフランスの結びつき

ミッテラン大統領の公約により、コルシカ議会が、83年の選挙によって創設されました。

これには同島が歴史的に虐待され、いじめられてきたという認識と危機がひときわ深刻であることのほかに、自治強化による地方分権政策の強調がありました。

おそらくナポレオン以来のフランス政治の中央集権を、彼の出生地でもくずそうという挑戦の意味もあったでしょう。

コルシカでは、独立を唱えるグループが爆弾テロをくり返すという状況が70年代から続いており、不満をもつ他の島民の同調といった事態を防ぐ意味もありました。

コルシカ島は14世紀半ばごろからジェノバ共和国(イタリア)の領土とされ、1750年代には激しい独立闘争が展開されました。

この勇敢なたたかいは、同時期の米国の独立戦争とならんで欧州で注目されました。

同島は1768年フランスに委譲され、その翌年にナポレオンが産声をあげたのです。

ナポレオンはこうした経過から反仏精神をもって育ち、ついにはフランスを支配することになるのです。

アジャクシオはナポレオンの記念碑・像、その名を冠した通り・建物にあふれており、今日もなおナポレオン信奉者が多く、土地の誇りとされています。

市庁舎にはナポレオン博物館があり、遺品やメダル、金貨などが陳列されています。

通り1つへだてた生家も博物館に。

コルシカの運命は、フランス革命(1789年)とナポレオンの支配により大きく変わります。

フランス革命の年、コルシカ独立戦争を導いたパスカル・パオリ司令官は

「コルシカはみずからの鉄鎖を破った。

奴隷としてではなく、参加そして権利の行使のために自由なフランス国民と連合する」と語っています。


ナポレオンは第一統領や皇帝の時代、フランス本土とともにコルシカをみずからの直轄支配に入れ、ジェノバの総督府のおかれたバスチアから故郷のアジャクシオを首都にします。

しかし、ナポレオンの推進した全支配のパリへの集中という中央集権制は、後にコルシカを後進地に陥れる皮肉な結果となります。

コルシカは古代ローマ帝国の植民地とされて以来、ムーア人、ベルベル人、ピサ、ジェノバの支配を受けてきており、島民は名誉と復讐(バンデッタ)の習慣を今でも重んじ、独立心に富んでいます。

この島がフランスに編入され強く結びついているのも、結局はフランス革命とナポレオンによるものなのです。

コルシカとフランスの結びつき 2

現代フランスとの結びつきを強めた要因として、レジスタンス闘争は特筆されます。

アジャクシオの埠頭の壁には、「1943年9月9日フランスと共和国のために立ち上がった愛国者を支援するために、9月13日午前1時半100人の突撃隊がここに上陸す」と書かれたプレートがはめこまれて
います。

上陸直後に、1942年11月にコルシカを占領したムソリー二・イタリアとヒトラー・ドイツの連合軍10万による占領は終わり、この島がファシズム打倒の巨大な航空母艦の役割を果たすのです。

コルシカは第一次世界大戦(1914~18年)でも、島民の5人に1人にあたる4万人が死ぬという戦争の悲惨を味わっています。

コルシカ人は、ナチに降伏したフランスのビシー政権支配を拒否したものの、独伊占領初期にはレジスタンスに身を投じる者は100人余でした。

しかしイタリア降伏の43年9月9日には、7万人の島民が立ち上がったのです。

当時の新聞は「フランスとイタリアの間に紛争がおき、それが民主主義対ファシズムという形をとっていなかったなら、コルシカ人はどちらにも参加しなかった。

それはペストとコレラの選択に等しいからだ」と書いています。

コルシカは山の要塞ともいえる島。

アジャクシオからバスチアまで4時間余の汽車の旅は、小箱のような1両の車両で2500メートル級の山間を通りぬけるのです。

ここの灌木林はかつての独立闘争でもレジスタンス闘争でも大きな役割を果たしました。

この林はマキと呼ばれますが、フランスでレジスタンス闘争をマキと呼ぶ言い方はこの島から生まれているのです。

解放闘争にかんする記念碑や名称が多く、これも島の誇りとなっています。

パリのピカソの家に記念碑

81年10月25日は、スペインの生んだ画家パブロ・ピカソの生誕100周年でした。

ピカソが91歳の生涯の4分の3を過ごしたフランスでは、その秋、その後も各地で展覧会が催され、画集が発行されるなど、各種の記念行事がおこなわれています。

ユネスコ(国連教育科学文化機構)が、パリで「近代絵画に与えたピカソの影響」をテーマにしたセミナーを開催する、パリのピカソの家に記念碑が建てられるという具合です。

9月には、40年以上もニューヨークに"亡命"していた世紀の名画「ゲルニカ」がマドリードへ帰ってきました。

その帰国を歓迎する公開には長い行列ができ、カルロス国王もイバルリ共産党議長も鑑賞するなど、話題をいっそうにぎやかにしています。

パリを流れるセーヌ川の左岸、ノートルダム寺院から5分ほどのところ、サン・オーグスタン通り7番地。

塀にはめこまれた新しい碑が目立ちます。


「パブロ・ピカソ、1936年から55年まで、ここに住む。

1937年の『ゲルニカ』は、ここのアトリエで描かれた。

ここはまた、以前にバルザックが住み、『知られざる傑作』を書いた家でもある」。

碑に刻まれた文章です。

3階建てのこの家の屋根には大きな明かりとりのガラスがはめこまれ、ピカソが絵筆をふるった当時をしのぶことができます。

次つぎに訪れる見学者が、立ち止まっては碑文を読んでいました。

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